「人間・西郷隆盛」の魅力は、維新の英雄という華々しい姿の裏にある、驚くほど人間臭く、慈愛に満ちた生き様にあります。

圧倒的な「無私」と包容力

西郷は、自分を殺そうとした敵対者や敗軍の将に対しても、深い敬意を持って接しました。現代の大谷翔平とも共通するものがあると思います。
江戸無血開城で、敵方である勝海舟の言葉を全面的に信頼し、その後の処理を平和裏に行いました。
「敬天愛人・天を敬い、人を愛する」という座右の銘の通り、他人も自分も平等に愛すべきという信念を貫きました。
一方、豪傑なイメージとは裏腹に、繊細でマメな一面も持っていました。

流罪先の島では、漁師のためにイカ釣りの仕掛け(餌木)を作ったり、自分の草鞋(わらじ)を編んだりする一面も持っていました。
社会人になった最初の職業が、郡方書役助(農政事務所の事務補助員)に就いたこともあり、そろばんが得意で、事務能力も非常に高かったと言われています。
愛犬家という一面もあり、肥満解消のために始めた狩りと共に、犬をこよなく愛する姿は有名です。

「不器用」なまでの誠実さ

世渡り上手とは程遠く、自分の信念に嘘をつけない性格が多くの人を惹きつけました。
頑固な一面があり、 嘘や卑しい振る舞いを嫌い、非常に潔癖で激しい気性も持ち合わせていました。
自己反省も常にし、 「他人を責めるのではなく、自分の誠意が足りないのではないかと省みるべきだ」という気持ちを持ち、常に自分を厳しく律していました。
西郷隆盛は、木戸孝允・大久保利通とともに「維新の三傑」と称される、明治維新の最大の功労者の一人です。
西郷の主な功績は、大きく分けて3つあります。

倒幕と維新の実現(幕末期)

島津斉彬の時代から英才教育を受け、軍事・政治的洞察力を持って倒幕軍の全般を指揮し、勝利に導き、新しい国づくりの土台を築きました。
薩長同盟の締結(1866年)をし、敵対していた長州藩と倒幕の強力な軍事基盤を作りました。
江戸城無血開城(1868年)を官軍の総大将として江戸へ進軍し、勝海舟との会談により、江戸の町を戦火から救い、徳川幕府を終わらせました。                                    そして、同時に欧米列強の植民地化を回避して独立を維持したことは、最大の功績です。

近代国家の基礎固め(明治初期)

明治新政府の要職(参議・陸軍大将等)に就き、数々の重要政策を断行しました。
廃藩置県(1871年)、各藩を廃止して県を置き、中央集権国家を確立し、当時の日本にとって最大級の改革をしました。
学制・徴兵令の制定、 国民皆学や国民皆兵を推進し、近代的な軍隊と教育制度の礎を築きました。

精神的な支柱と最期

「敬天愛人」の精神に代表されるように、無欲で私心のない人格は、明治天皇をはじめ多くの人々に慕われ、日本人の道徳的理想の一つとなりました。
最後は「征韓論」を巡る対立で政府を去りましたが、不平士族の不満を一身に背負い、武士の時代の終焉を象徴するラストサムライとして生涯を閉じました。
その他、西郷隆盛の人物像や逸話(エピソード)があり、その巨躯と情に厚い人柄から、数多くの人間味あふれる逸話が残されています。

「味噌なし」の味噌汁をおいしく食べた

ある朝、出された味噌汁を「うまい」と飲んでいた西郷ですが、実は料理番のおばあさんが味噌を入れ忘れたただの湯でした。それを指摘した弟の従道に対し、「心づくしであれば、味噌がなくとも美味いものだ」と、相手のミスを責めずに気遣ったといわれています。

刀を捨て学問の道へ進んだ

幼少期、喧嘩の仲裁に入った際に右腕を負傷し、刀を自由に握れなくなりました。武士として致命的なハンデを負いましたが、これを機に武術ではなく「学問」で身を立てる決意をし、後の大成へと繋がりました。

なぜ今、西郷隆盛が必要なのか!?

現代という混迷の時代に、なぜ再び「西郷隆盛」という人物が注目され、求められているのでしょうか。
その理由は、西郷が持っていた「無私(むし)」の精神と、圧倒的な「人間的魅力(徳)」が、現代社会の閉塞感を打破するヒントに満ちているからだと思います。
大きく分けて、以下の3つの視点からその必要性を紐解きます。

「敬天愛人」というブレない心

現代は情報が溢れ、価値観が多様化する一方で、「何を信じればいいのか」という指針を見失いやすい時代です。
天を敬い人を愛す、西郷の座右の銘「敬天愛人」は、損得勘定ではなく、人として正しい道(天道)を歩み、慈しみの心を持つという本質をついたシンプルな原理原則です。
自己犠牲と公憤。自分の利益(私利私欲)のためではなく、公(社会や他者)のために動く姿勢は、リーダー不在と言われる現代において、最も強く求められている資質だと思います。

弱者への眼差しと「共感力」

効率主義や格差社会が進む中で、西郷の「情」の深さが再評価されています。
西郷には、敗者への慈しみの気持ちがあり、敵対した相手や、時代の波に取り残された人々に対しても深い敬意と救済の手を差し伸べました。
理屈を超えた人間力があり、論理や効率だけで人を動かしたのではなく、その「誠実さ」で人の心を動かしました。ギスギスした人間関係が課題となる現代の  組織において、この「徳による統治」は理想的なリーダー像の一つではないでしょうか。

覚悟と実行力

「言うこととやること」が一致しない不信感が漂う世の中で、西郷の言行一致は際立っています。
退き際の美学があり、地位や名誉に執着せず、必要とあらば潔く野に下る。この「執着のなさ」が、逆に彼の影響力を不滅のものにし、また魅力だと思います。
決断の重みがあり、幕末から明治維新という激動期に、命を懸けて変革を成し遂げた圧倒的なエネルギーは、変化を恐れがちな現代人に勇気を与えてくれます。
「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」
(『南洲翁遺訓』より)

この言葉通り、「自分のため」ではなく「誰かのため」に突き抜けた存在だったからこそ、150年経った今でも、私たちは西郷に惹かれ、その精神を必要としているのかもしれません。
そして、私たちは西郷隆盛の考え方、生き方を学び、日本人として自信と誇りを持って生きていきたいものです。

※本資料はダウンロードが可能です。以下からダウンロードしてご覧ください。